米国とイスラエルによるイラン攻撃でホルムズ海峡封鎖され原油価格の高騰を受け、日本政府は昨日(2026年3月16日)より、備蓄されている石油のうち民間備蓄15日分を放出し、国家備蓄も3月下旬頃から順次放出すると発表した。
1973年10月に勃発した第四次中東戦争の影響で引き起こされた第一次オイルショック…日本ではトイレットペーパーの買占め騒動にまで発展…を契機に計画された石油備蓄基地は秋田や福井、上五島など日本各地に建築されているのだが、備蓄量が最大なのは苫小牧東部工業基地内の備蓄基地だ。
苫小牧東部は青森県の「むつ小河原」、鹿児島・宮崎両県にまたがる「志布志湾」とともに田中角栄土建内閣による日本列島改造論(1972年)の目玉と掲げられた石油コンビナートを含む「重厚長大」な開発計画だった。
現在、その3ヶ所に共通するのは、オイルショックを契機に計画された石油備蓄基地が建設されたことと、すべてが破綻もしくは計画が中止となったことだ。
オイルショックの影響で経済成長は止まり、省エネを考慮し石油需要を抑制する経済へとシフトし始めていた中でも田中内閣は批判や見直し論の中、苫東計画やむつ小川原開発計画を強引に推し進め、苫東計画では当初3本あった堀込港を1本削減しただけで強引に着工したのだが、北の果てに進出する企業はほとんどなく、皮肉なことに大規模工業基地内で目立つのは、道内の炭鉱を守り工業基地に電力を供給するハズだった石炭火力発電所とオイルショックの申し子でもある石油備蓄基地とが最も目立つ「進出企業」となってしまったのだった。
■破綻した日本列島改造論の目玉
(1)苫小牧東部大規模工業基地開発(北海道苫小牧市)
1999年(平成11)9月 特別清算 北海道苫小牧東部開発(株) 借金1,860億円(1998年時点)
周辺整備まで含めると3,600億円とも…。
撮影:2006年10月12日 破綻した苫東工業基地、千歳空港へ向かう旅客機からの眺め
(2)むつ小川原開発(青森県六ケ所村)
2000年(平成12)9月 特別清算 青森県むつ小川原開発(株) 借金1,852億円
撮影:2026年1月31日(土) 六ケ所村上空、破綻したむつ小川原開発、国家石油備蓄基地(画面中央のタンク)、日本原燃・使用済核燃料再処理工場
(3)志布志湾開発(当初計画は宮崎県から鹿児島県にかけての志布志湾)
むつ小川原や苫東開発が多額の借入金で破綻したのに対し、最小限の環境破壊で済んだとされているものの、志布志湾開発は鹿児島県内の石油備蓄基地の他はほぼ中止せざるを得なくなった。
撮影:2009年10月6日 鹿児島県志布志市有明町より石油国家備蓄基地シーバースを望む
2026年3月11日追記
| 年月日 | 内容 | 説明 | 備考 |
| 1972年6月11日 | 日本列島改造論 | 田中角栄が発表した政策綱領で重厚長大な石油コンビナートを含む巨大開発、苫東・むつ小河原・志布志湾開発が目玉となっていた | ― |
| 1972年6月20日 | 書籍「日本列島改造論」発売 | 日本工業新聞社刊 | ― |
| 1973年10月~1977年3月 | 第一次オイルショック | 第四次中東戦争、イスラエルとアラブ諸国との間で勃発した戦争 | ― |
| 1976年8月7日 | 苫小牧東部大規模工業基地着工 | 苫小牧東部大規模工業基地計画は3本あった掘り込み港を2本に減じ強引に着工 | ― |
| 1979年1月~1983年3月 | 第二次オイルショック | イラン革命、宗教指導者ホメイニ氏に率いられたイスラム原理主義勢力が、イランのパーレヴィ王朝を倒し政権を奪取 | ― |
| 1980年7月23日 | むつ小川原港湾起工式 | ― | ― |
| 1980年11月11日 | むつ小川原国家石油備蓄基地着工 | ― | ― |
| 1985年1月 | 志布志国家石油備蓄基地着工 | ― | ― |
| 1986年1月 | 苫小牧東部石油備蓄基地着工 | ― | ― |
| 1992年4月28日 | 日本原燃使用済再処理工場着工 | ― | ― |
| 1999年9月 | 北海道苫小牧東部開発破綻 | 北海道苫小牧東部開発(株)特別清算 | ― |
| 2000年9月 | むつ小川原開発破綻 | 青森県むつ小川原開発(株)特別清算 | ― |
タイトル写真説明
撮影:1991年9月4日 苫小牧東部大規模工業基地 石油備蓄基地とセイタカアワダチソウ
この石油備蓄基地のすぐ北(画面左側)には大きな活断層があり地震の影響が心配されているが、当局は安全だと主張している








