著作権著作権侵害裁判

物言えぬ写真家たち

投稿日:

saibansho.jpg

「宣伝会議」との著作権侵害裁判を戦った写真家A氏は自身のブログ
「…継続して仕事をもらうために、ことを荒立てるより、泣き寝入りで我慢するのである。」

と、「写真家の権利を普通に主張し、写真家の財産を守るべくために、立ち上がった」写真家A氏以外の写真家たちの立場について述べているが、これは「小学館サライ著作権侵害裁判」についても全く同じ。

被告小学館が写真貸し出し業に利用するために無断複製を行った可能性のある写真家数は実に100名以上にもなり、うち数名の無断複製は確認済みなのだが、小学館に対して異議を申し立てたのは原告ただ一人。

写真使用契約書」は任意の契約だとの説明で契約しなかったために仕事を切られ、他社の仕事にも影響を及ぼされた原告の姿を見れば、誰だって生活を犠牲にまでして異議など申し立てたくはないであろう。

しかしながら、小学館は近々大改正が行われようとしている著作権法を睨み、掲載写真のデジタルデータベース化、ポジフィルム所有権の主張、雑誌のネット配信などの既成事実を積み重ね、着々とジャイアン化(お前のものは俺のもの、俺のものも俺のもの)を進行させているのである。

著作権をないがしろにするジャイアン的な出版社にとって、「物言わぬ(言えぬ)写真家たち」の存在は、まさに思う壺。
立法の現場は多数決が大原則ではあるが、「声の大きい方」の意見が通りやすいことも事実。気がついたら「著作権」というトーゼンの権利が絵に描いた餅に成り下がっていた…などということがないように願いたいものである。