2021年6月11日付、ベストカーWebに掲載された「五輪はOKでモースポはNG?公益性がなく入国できないドライバーとレースはいったいどうなるのか?」と題するコラム、とても興味深く、我が国の新型コロナに対する対策がいまだに「科学に基づかない」ザルと揶揄されている「水際対策」が行われ続けていることを改めて認識することとなった。
このコラムを執筆したのは銀行員からモータースポーツジャーナリストへと転身した段純恵(だん・すみえ)さんということだが、その中で
オリンピックやテニス、サッカー等の選手に認められている日本入国に関する『特例措置(実質3日間の完全隔離だけで、2週間の自主隔離は問われない)』がモータースポーツのアスリートはなぜ認められないのか。
2021年6月11日付ベストカーWebより引用
https://bestcarweb.jp/feature/column/290980/
と疑問を呈している。
その理由についてコラム内で「レース関係者によると、モータースポーツは公益性がないため特例は認められない」と判断されたということだ。
コラム内ではこの判断をしたのがどの省庁なのかは明らかにされていないが、まるで「公益性があれば感染しづらく、公益性がなければ感染しやすい」と断じられたようなものであり、これまでの政府の新型コロナ対策同様、科学に基づかない判断であることは間違いないだろう。
確かにヨーロッパではFomula Oneをはじめとする自動車レースが文化として根付いるのに対し、我が国では1980年代後半のF1ブームを除けばモータースポーツが一般のニュースとして取り上げられることは稀である。
モナコ公国に至っては世界三大レースの1つ数えられるモナコ・グランプリで一般道を封鎖して開催する公道レースでは、表彰式にロイヤルファミリーが出席する伝統があるほどだ。
そんな中、日本では単なるオートバイメーカーに過ぎなかったホンダが、1964年にF1に初参戦(8月2日、ドイツ・ニュルブルクリンク)している。
この1964年は奇しくも前回の東京オリンピックが開催された年でもあったが、当時の日本は東京オリンピック直前で大盛り上がりしており、参戦した3レースすべてがリタイアという散々な結果だったこともあり、さほどの話題にはならなかった。
ホンダは1965年と1967年の2回優勝しているが、1968年にF1活動をいったん休止。
その後、エンジン・サプライヤーとして参戦した第2期、特に日本中がF1ブームに沸いた80年代後半、1988年にはマクラーレン・ホンダ MP4/4 が全16戦中15勝するという無敵の強さを記録している。
先月開催されたモナコ・グランプリでは、レッドブル・ホンダ のマックス・フェルスタッペンが優勝を飾り、ホンダに1992年以来のモナコGP優勝をもたらしている。
そんな歴史がありながらも、我が国では「モータースポーツには公益性がない」との判断は致し方がない側面はあるものの、オリンピックでは必要以上の特例が認められ、昨日(6月15日)、招かれざる客(?)として来日したIOCのジョン・コーツ氏などの関係者は「特例措置(実質3日間の完全隔離だけで、2週間の自主隔離は問われない)」のだから、明らかな差別といえよう。
本来であれば、「公益性」などというウイルス感染症とは全く無関係かつ曖昧な判断でなく、対象となるスポーツ団体における感染対策の厳格性や実績等で判断されるべきであり、特例措置という非科学的な入国審査を行っている限り、ザルと揶揄されている日本の検疫は続くのだろう。
タイトル画像説明
1998年にSierra Entertainmentから発売されたPC用の1967年シーズンF1を再現したGrand Prix Legends(シミュレータ)のキャプチャー画像。通称はGPLで、Windows10でも動くパッチ適用後のもの。1967年5月開催のモナコ・グランプリのシミュレーション、スタート時をキャプチャーした画像。
フロントローにLotus49が並び、セカンドローにはFerrari 312、Brabham Repco、中ほどにはアイボリー・ボディーに真っ赤な日の丸のHONDA RA300が見える。
※実際の1967年モナコ・グランプリ(決勝レース5月7日)ではRA300は出走しておらず、RA273が出走した。RA300はイタリア・グランプリ(決勝レース9月10日、モンツァ)から投入され、ジョン・サーティースのドライブでHONDAに二度目の優勝をもたらしている。